注:本記事は新型コロナウイルス感染拡大前の情報を元にしています
【概要】
等々力陸上競技場は、1962年開場、神奈川県川崎市にある川崎フロンターレの本拠地。
その歴史は古く、1941年の等々力緑地の都市化計画にはすでに陸上競技場の計画が盛り込まれていた。実際に完成したのは1966年。
Jリーグとしての歴史は、川崎フロンターレより前、1993年にヴェルディ川崎が使用開始したのが始まり。それ以降Jリーグに合わせて改修が幾度となく行われており、現在では25000人以上収容出来る。
元々東京志向の強かったヴェルディ川崎は味スタ完成に合わせ2000年には等々力を捨て離れ、東京ヴェルディ1969と名前を変え上京。
一方の川崎フロンターレは1996年に本拠地を川崎に決定。それ以降川崎一筋を守り、1999年にJ1参入プレーオフで敗れるもJ2に参入。
道を違えた2クラブは、かたやJ2へ降格、かたやJ1へ昇格、Jリーグ連覇を果たし日本を代表するクラブに成長。
ヴェルディは行き着いた味スタでも人気実力共にFC東京の後塵を拝している。やっぱり故郷は簡単に捨てるもんじゃないなあ…(サポーターも大変ですよね)。
東京でのヴェルディの試合を観戦した模様はこちら。
なお、フロンターレの歴史についてはこちらもご参照ください。
【アクセス】
最寄まで★★★★★
最寄はJR及び東急東横線の武蔵小杉駅。実際には武蔵中原の方が近いが、フロンターレのサイトでも武蔵小杉をプッシュしているし、私も武蔵小杉の方が便利だと思う。
武蔵小杉は新宿、渋谷、品川、横浜など各ターミナル駅へのアクセスが抜群に良いことからタワーマンションが乱立しており、今日本で一番勢いがある街の一つだ。川崎フロンターレの躍進ともどことなく繋がっている気がする。
駅のメロディもフロンターレ関連の曲になっているなど、武蔵小杉駅もフロンターレに染まっている。
最寄から★★★☆☆
武蔵小杉からはバスで5分、徒歩で20分ほど。
徒歩で行く場合には、googleマップが必須。うかつに歩こうもんなら、武蔵小杉の住宅街という魔境に迷い込み、生きて帰ってきたものはいないのだという…。
帰りも他のサポーターについて行きゃいいだろーなんてのんきに考えていると、徒歩で家に帰る客に惑わされやはり生きて帰る事はできない、と言われている。
…まあ、普通に道を確認しながら行けば大丈夫です。
なお、お隣にはBリーグ川崎ブレイブサンダースのホームとどろきアリーナがある。お互いの試合結果をアナウンスで報告したり、はしごして観戦する人がいるなど良き関係を気付いているようだ。
【観戦環境】★★★★☆
陸上競技場なのでどうしてもピッチからの距離はあるが、トラック自体がフロンターレカラーに染まっており、陸上競技場特有の「ピッチが浮いてる感覚」は特にない。屋根もついていて快適。
ただ、今回は2階席での観戦であったが、1階席だと傾斜がなくピッチまでの距離もあってだいぶ見づらい、という情報もある。1階席のチケットを取った方はお気をつけて。
コンコースは若干狭いが、苦労するほどでもない。
【雰囲気】★★★★★
「等々力緑地」というだけあり、割と自然は豊か。
かと思えばあれに見えるは大都会武蔵小杉。勢いを感じますなあ。
こちらはスタジアムから見た武蔵小杉。
よく見るとキテレツ大百科のキャラが。川崎に住んでいた縁で市内に藤子・F・不二雄ミュージアムがある。非常に完成度の高い楽しいミュージアムです。
ちなみに藤子・F・不二雄ミュージアム最寄の登戸駅はドラえもん仕様。
等々力にはJリーグにありがちな殺伐とした空気はない。全体的にほんわかしたムードが漂っている。川崎と言えばちょっと治安が悪いイメージが付き纏うが、このスタジアムは無縁だなあ。
そのイメージも川崎駅の再開発で払拭されつつあるけど。
【グルメ】★★★★☆
人が多くて分かりにくいが、スタジアムの外にはズラっと屋台が並んでいる。
フロンターレと言えば名物の塩ちゃんこ。
かつて川崎にあった春日山部屋とのコラボから始まったちゃんこだが、2016年に春日山部屋が消滅。行く末が心配されたが、かわさき特製塩ちゃんことしてちゃんこだけ復活。
スタグルとしては珍しく、野菜がたっぷりで優しいお味。ほっとする一品だ。ちょっと七味入れすぎたけど。
スタグルでは珍しいブラジル料理のお店もある。地元の在日ブラジルの人が出しているようだ。うまし。
こういう感じで川崎の地元の人が店を出しているのは、ある意味屋台の原点とも言える。地産地消と言うか、微笑ましい。
【街との一体感】★★★★★
スタジアムの外でも上記のように春日山部屋(今はないけど)、在日ブラジル人の屋台が出ており、更に川崎に拠点を置く人形劇団ひとみ座の人形劇が行われるなど、フロンターレの地道な努力により「川崎市民が作るスタジアム」を完成させている。
そして等々力と言えばSHISHAMOの存在を忘れてはならない。
SHISHAMOは川崎出身のバンドだが、その代表曲である「明日も」は、フロンターレの試合を観戦して感じた事を歌詞にした歌だ。
実際、MVの舞台は等々力陸上競技場を使っているし、度々ユニフォームを着て等々力を訪れミニライブを行なっている。
サポーター側も「明日も」のメロディを歌詞を変えてチャントとして使っている。地域密着の好例と言えるだろう。
川崎が気に入らないからって簡単に拠点変えちゃダメだよ。
#SHISHAMO Live at 等々力競技場!「#明日も」をサポーターと熱唱! #フロンターレ #グランパス #シシャモ #ASAKO #川崎総合科学 #宮崎朝子
ちなみにこちらは等々力陸上競技場へのバスも出ている溝の口駅前だが、このようにフロンターレに染まっている。
川崎市内の主要な駅には大概フロンターレ関連の旗やポスターがあり、川崎市全域にフロンターレが行き渡っていることがよくわかる。
また川崎市の中心駅川崎駅に行ってみると、フロンターレ関連の掲示がたくさんしてあった。以前はここまでなかったと思うので、ここ数年で一気に染め上げていったようだ。
更に川崎市役所までもフロンターレ一色に。もはや市役所なのかフロンターレの施設なのかよくわからない状態である。
【満足度】★★★★★
最初は川崎市民に見向きもされなかったフロンターレだが、川崎に寄り添い、川崎と共に成長し、見事にJリーグ連覇を成し遂げる日本屈指のクラブへと羽ばたいた。
これからも川崎の発展と共に在り続けるのだろう。
更に今後陸上トラックを取っ払い、35000人規模の球技専用スタジアムへと改修する計画が持ち上がっている。もちろん陸上競技が行えるよう補助グラウンドにスタンドをつけるフォローは怠らない。
やはりフロンターレ、川崎市民全員を笑顔にする術はお手の物のようだ…。このクラブの行く末が末恐ろしくすらある。
索引を作りました!
他のスタジアム・アリーナは↓からどうぞ