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日本野球の聖地・明治神宮野球場の歴史【コラムその179】

本ブログでは、それぞれのスタジアム記事の前段として概要を紹介する項目を設けています。

 

しかし日本野球の聖地である明治神宮野球場については、それだけでは不十分なのではないか、より深堀りするべきではないかと考えました。

 

そこで今回は、改めてプロ野球の球場としては日本最古の球場である神宮球場の歴史を改めてまとめていきたいと思います。

1.神宮球場の歴史

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明治神宮野球場、通称神宮球場が完成したのは1926年のこと。

阪神甲子園球場が完成した2年後のことです。

 

総工費は当時の金額で53万円、うち明治神宮が48万円、東京六大学野球が5万円を出資しました。

その名残で現在も所有者は明治神宮であり、そして東京六大学野球が優先的に使用することができます。

 

東京六大学野球はこの年から現在に至るまで神宮球場で行われており、他にも東都大学野球リーグや高校野球、また都市対抗野球も1937年まで開催されていました。

東の神宮、西の甲子園と並び称される、アマチュア野球の聖地となっています。

 

そういった経緯もあり、当初はアマチュア野球が優先どころか専有している状態でした。

プロ野球での使用は論外という空気すらあり、1934年に正力松太郎を切りつけた犯人の動機が「読売がアメリカの野球チームを招き神聖な神宮球場を使ったこと」だったほどです。

 

2.東京六大学野球の聖地として

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そんな神宮球場は、もちろん東京六大学野球の聖地として現在も君臨しています。

東京六大学野球は日本最古のスポーツリーグであり、以前にも記事を作成しています。

sportskansen.hatenablog.jp

 

ここでは神宮球場と東京六大学野球のかかわりについて調べていきます。

前述の通り神宮球場は東京六大学野球連盟の協力のもと完成した歴史があり、当初は実質専用球場でした。

 

その名残は現在に至るまで続いており、日程を決める際も六大学野球が最優先となります。

これはプロ野球はもちろん、同じく神宮球場を使用している東都大学野球に対しても同様です。

 

他に特筆すべき事項として、フェンスの支柱に設けられている突起金具があります。

これは六大学野球の応援団が使用するステージを設置するための金具で、プロ野球開催には不要な設備の設置が許されるほど六大学野球は優遇されているのです。

 

3.東京ヤクルトスワローズの聖地として

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それでも現在神宮球場が有名なのは、東京ヤクルトスワローズをはじめとするプロ野球開催によるところが大きくなっています。

神宮球場とプロ野球のかかわりはどのような歴史をたどっているのでしょうか?

 

話は第二次世界大戦にまでさかのぼります。

神宮球場は敗戦後GHQに接収され、ステイトサイドパークの名で使用されました。

 

当時太平洋戦争の激化で東京六大学野球も東都大学野球も解散していましたが、神宮球場では東京六大学OB紅白試合、オール早慶戦、職業野球東西対抗戦などが行われました。

この職業野球東西対抗戦というのが、神宮球場で行われた初めてのプロ野球です。

 

1946年には初のプロ野球公式戦、1950年には日本シリーズも開催され、断続的にプロ野球でも使用されるようになりました。

神宮球場がアマチュア野球の聖地であったことを考えると、プロ野球が行われるようになったのはGHQが接収したから、と言えるのかもしれません(当時の空気感が分かりませんが…。)

 

ちなみにこの日本シリーズは初めての開催(そもそもパリーグが始まったのが1950年)であり、その初戦が神宮球場でした。

そのため日本シリーズ発祥の地は神宮球場という見方もできます。

 

GHQによる接収が終わったのは1952年。

1962年には閉鎖される駒澤野球場の代わりに東映フライヤーズ(現日ハム)が、1964年には後楽園球場から国鉄スワローズ(現ヤクルト)が本拠地を相次いで移してきました。

 

駒澤野球場のストーリーについてはこちら。

sportskansen.hatenablog.jp

 

フライヤーズはその後後楽園球場、東京ドーム、そして札幌ドーム、エスコンフィールド北海道と本拠地を転々として行きますが、スワローズは現在に至るまで神宮球場を本拠地としています。

sportskansen.hatenablog.jp

sportskansen.hatenablog.jp

sportskansen.hatenablog.jp

 

当初スワローズは神宮第二球場を改修して本拠地とする意向でしたが、アマチュア野球界などから猛反発を受け神宮球場を使用することになりました。

神宮第二球場の数奇な運命はこちら。

sportskansen.hatenablog.jp

 

ところでなぜスワローズが後楽園球場から神宮球場に移ったかというと、当時実質球団を運営していたフジテレビが後楽園球場の放映権を持っていなかったからと言われています。

その当時でも神宮球場でのプロ野球開催に反対の声もありましたが、あくまで学生野球優先の立場をとることで次第に認められていきました。

 

その後のスワローズの人気ぶりは周知のとおり。

野村監督が築いた黄金期、「東京ヤクルトスワローズ」への改称、そして独自の応援文化も花開き、今ではすっかり六大学野球と人気ぶりが逆転しました。

 

それでも今なお、神宮球場は六大学野球が優先です。

神宮球場は今後建て替えされる予定になっていますが、今後もこの方針が貫かれるのかとても興味深いところです。

 

4.まとめ

以上、明治神宮野球場の歴史を紹介しました。

歴史ある野球の聖地であることは間違いありませんが、一方でのどかな雰囲気もあって何事も包み込む包容力も併せ持つ、日本でも唯一無二の球場です。

 

そんな神宮球場が見られなくなる日もそう遠くありません。

新しい神宮球場になっても、今の神宮球場の精神を受け継いだ素敵な球場になることを願っています。

sportskansen.hatenablog.jp

 

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