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Jリーグ優勝記念!鹿島アントラーズの軌跡~王者の帰還~【コラムその180】

鹿島アントラーズが2025年J1優勝を果たしました!おめでとうございます!

春秋制最後となるJ1リーグは大混戦となりましたが、最終節まで優勝の可能性を残したのは鹿島アントラーズ柏レイソル

 

迎えた最終節鹿島アントラーズが見事勝利で優勝を決め、2025年J1リーグ王者に輝きました。

これまでに積み重ねてきたタイトル数は21冠。まさに圧巻です。

 

今回はそんな鹿島アントラーズの歴史を追っていきたいと思います。

カシマスタジアムでの試合観戦記はこちら!

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1.滑り込みのJリーグ参入

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鹿島アントラーズの前身は1947年創部の住友金属蹴球同好会

1973年にJSL2部、1985年にJSL1部へ昇格しました。

 

しかし住友金属の事業所のうち鹿島製鉄所は中核ではありましたが、あまりに周辺に何もなく従業員には敬遠されがちな勤務地でした。

街にも人がいないため魅力に乏しく、住友金属も鹿島町(当時)も活性化のための起爆剤を欲していました。

 

そんな中舞い込んできたプロサッカーリーグ設立の知らせ。

是が非でもものにしたいチャンスでしたがいかんせん鹿島には何もなく、川淵三郎にも「99.9999%無理」と言われる始末。

 

しかし諦めさせるために川淵の発した「観客席に屋根の付いた1万5000人収容のサッカー専用競技場を建設できるなら考えましょう」という言葉を真に受け、茨城県はカシマスタジアムの建設を決定。

当時このような規模のサッカー専用競技場は日本になく、無謀とも思える挑戦でした。

 

このスタジアム建設が決定打となり、鹿島アントラーズは滑り込みでのJリーグ参入を決めました。

今のアントラーズがあるのは、当時の茨城県の決断あってこそなのです。

 

2.ジーコスピリットでJリーグ王者に君臨

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しかし当時のチームはJSL2部所属。

1部への昇格経験もあり決して弱いチームではありませんでしたが、他のJリーグクラブと比べると明らかに格下でした。

 

そこで1991年、ブラジル代表で主将を務めたジーコを招へい。

鹿島に加入したジーコが行ったことはサッカーの技術指導よりもまず、徹底したプロ意識を選手たちに植え付けることでした。

 

例えばロッカーが散らかっていたら整理するよう教え、試合で最高のパフォーマンスが発揮できるよう睡眠や食事の重要性を説きました。

更にフロントに対しても練習環境やメディカル面の整備などを求め、クラブ全体にプロ意識を浸透させていきました。

 

その甲斐もあって、鹿島アントラーズはJリーグ最初のファーストステージ王者に輝きました。

Jリーグ参入そのものも、そしてJリーグのステージ優勝も最後尾からの大逆転劇でした。

 

そこからの鹿島アントラーズの安定した強さは言わずもがな。

Jリーグ優勝8回、Jリーグカップ優勝6回、天皇杯優勝5回、アジアチャンピオンズリーグ優勝1回と、Jリーグダントツのタイトル数を積み重ねてきました。

 

2018年のクラブワールドカップではアジアのクラブとして初の決勝に進み準優勝に輝くなど、日本、そしてアジアの王者として君臨してきました。

歴代の勝ち点でも堂々のトップに立っています。

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3.親会社交代、変革期へ

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しかし2018年のACL優勝を最後に、アントラーズは優勝から遠ざかっていきます。

国内タイトルとなると2016年が最後で、実に9年も縁がありませんでした。

 

そんな中で2019年、クラブにとって大転換を迎えました。

住友金属工業から合併で新日鉄住金、そして日本製鉄と受け継がれてきた親会社の役割が、クラブスポンサーであるメルカリへ引き継がれることになったのです。

 

住友金属こそ今に至るアントラーズの歴史そのものだっただけに、新しく親会社になったメルカリに対しては鹿嶋市も懐疑的でした。

メルカリはまた一からアントラーズの歴史を作り、そして信用を勝ち取らなければならなくなったのです。

 

そんな中でアントラーズは、クラブ最長となる9年もの間タイトルから遠ざかりました。

リーグでは地力を発揮し5位以内は確保するものの、なかなか突き抜けた強さは見せられませんでした。

 

しかし2025年、川崎フロンターレを率いて黄金期を築き上げ、アントラーズでも6年の選手生活を過ごした名将・鬼木達が監督に就任。

すると鹿島の伝統であった「勝利への執念」が随所にみられるようになり、ここ数シーズンの定位置だった5位近辺から一歩抜け出せるようになってきたのです。

 

混戦の2025シーズンの中でも鹿島らしい粘り強さを見せ、優勝争いの中でもぶれることなく王者のメンタリティをいかんなく発揮。

泥臭く、しかし鮮やかに9年ぶりのJリーグ優勝を勝ち取ってみせました。

 

通算21冠の中でも9年間無冠や親会社の交代など激動の中で勝ち取ったタイトルは、きっと格別の味なのではないでしょうか。

そんなアントラーズ優勝の瞬間を、ジーコはスタンドからそっと見守っていました。

 

4.まとめ

以上、鹿島アントラーズの歴史を振り返りました。

勝利こそクラブのアイデンティティであったアントラーズは9年もの間勝利に飢え続け、そして念願だった21個目のタイトルを獲得しました。

 

特別シーズンを挟み、2026年から秋春制に突入していくJリーグ。

これから鹿島アントラーズの黄金期が始まっていくのか、それとも待ったをかけるクラブが現れるのか。

 

これからのJリーグ、ますます目が離せなくなりそうです。

 

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