前回、日本競馬ができるまでを紹介しました。戦後にできた日本競馬の歴史は現在まで継承されています。
しかし競馬のシステムができてめでたしめでたし…では終わりません。
そこで今回は、激動の戦後を生き抜いてきた地方競馬の歴史を紹介します。
1.戦後の躍進と忍び寄る反社会勢力

戦後、全国には地方競馬場が61ヶ所もありました。
それらは1948年に公営化が行われましたが馬不足が深刻で、馬籍登録を偽って走らせるところもあるなどめちゃくちゃでした。
更に競輪、オートレース、競艇が相次いで始まり、競馬は時代遅れとみなされ一気に淘汰されていきました。
そんな苦しい状況の中で躍進を見せたのが、関東の地方競馬でした。
大井、川崎、浦和、船橋の4場がアクセスの良い場所へと移転し、スターティングゲートや豪サラ(オーストラリアのサラブレッド)導入など地方ならではの革新的な施策を進めました。
そして北海道ではばんえい競馬、兵庫ではアラブ専業を進めるなど地方競馬は各地で独自の発展を遂げていきました。
1970年には大井競馬場でハイセイコーがデビューし第一次競馬ブームを巻き起こすなど、競馬は一気に「国民的娯楽」へと成長しました。
そんな勢いづく地方競馬、その影に忍び寄ってきたのが反社会勢力でした。
戦後地方自治体の立場は非常に弱かったため、地方競馬を開催するにはどうしても地域を取り締まる組織の協力が必要でした。
そうして競馬界に反社会勢力が入り込んでいき、騎手や調教師にも浸透していきました。
競馬を利用した犯罪も横行し、ノミ屋(公式でない馬券を販売すること)やコーチ屋(買い目を教え当たったら客からお金をぶんどること)もはびこりました。
同時期にプロ野球で黒い霧事件と呼ばれる八百長が発覚したことで、ファンも疑惑の目を向けるようになりました。
園田競馬場で起きた園田事件はその最たるもので、ファンが暴徒化、放火、強盗などが発生、今に至るまでトラウマになっています。
更にオイルショックなどの社会情勢も重なり、1970年代後半に地方競馬は再び苦境を迎えました。
再起を図る競馬場はノミ屋、コーチ屋の締め出しを行い、電話投票やナイター競馬などの新しい施策もとられました。
2.オグリキャップブーム、そしてバブル崩壊

そんな苦境に立たされた地方競馬の流れを一変させたのが、1987年に笠松競馬場でデビューしたオグリキャップでした。
オグリキャップは地方出身であったことに加え、血統も良くなかったこと、数多のエリートライバル馬が存在したこと、そして何よりバブルの好景気によって日本社会を席巻する存在となりました。
多くの日本人が決して恵まれない経歴だったオグリキャップに自分を重ね、熱狂していったのです。
オグリキャップにけん引されるように地方競馬人気も上向き、ブリーダーズゴールドカップ、ゴールデンジョッキーカップなど各地の競馬場で特色あるレースが行われるようになりました。
更に地方と中央の交流も始まり、地方競馬に中央競馬の競走馬が出走したり地方競馬から中央競馬への転入も優遇されるなど、地方競馬の地位も向上していきました。
1999年には岩手所属のメイセイオペラがG1フェブラリーステークスを制するなど、地方競馬にもにわかに活気が戻ってきた…かと思われました。
そんな地方競馬を襲ったのがバブル崩壊でした。
1991年に比べると2000年の売り上げは約4割減少、賞金も半減し様々な施策を打ちましたが魅力を回復するには至りませんでした。
さらに追い打ちをかけるように、兵庫で隆盛を誇っていたアングロアラブ系の競走馬が皮肉にも中央との交流が始まったことにより全国各地で廃止。
全国各地で競馬主催者が撤退し、好待遇を求めて安藤勝己のような地方の名騎手も中央へと転籍していきました。
3.地方競馬を救うIT技術

幾度も苦境に立たされた地方競馬を救ったのが、電話投票、そしてインターネット投票の普及でした。
ソフトバンクグループのオッズパーク、楽天グループの楽天競馬といったシステムが相次いで開始。
そして中央競馬と連携したシステムで中央競馬の馬券を販売し、その手数料収入を得るJ-PLACEなど様々なサービスが展開されました。
また廃止の危機に瀕していた高知競馬では通算113戦0勝の成績で人気になったハルウララや、最終競走として行われどの馬が勝つか全くわからない「一発逆転ファイナルレース」などを開催、独自路線で人気を回復していきました。
現在地方競馬の売り上げは、バブル期を超え過去最高を毎年更新しているほどの盛況ぶりです。
それだけギャンブルにつぎ込んで一発逆転を狙っている人が多いのは別の問題があるような気もしますが、ともかく地方競馬としてはホクホクの時代になっています。
4.まとめ
それなりに順風満帆に成長してきた中央競馬に比べ、立場が弱いことから数多の苦難を乗り越えてきた地方競馬。
しかし地方競馬独自の手法で生き残り、時代の流れにうまく合わせながら過去最大規模にまで成長してきたしたたかさは中央競馬をもしのぐと言ってよいでしょう。
今後また地方から中央を打ち負かすような馬が出て来れば、もっともっと盛り上がりを見せるかもしれませんね。
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