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スポーツと科学~「正解」はスポーツを面白くするか?~【コラムその49】

日本でスポーツというと、古くから「努力」「根性」といった精神論のイメージが非常に強くありました。

練習時間は長い方がいい、キツイ方がいい、理不尽な方が精神が鍛えられるなどなど…。スポ根漫画、というジャンルもあるほどです(読むと面白いんですけどね)。

 

しかし近年では、全世界的にスポーツに「科学」が積極的に取り入れられ結果が出てくるようになってきました。

それに伴い意味のない練習、理不尽なしごきは古臭いものとみなされ、淘汰されていく傾向にあります。

 

さらに、それまでスポーツにおいて「常識」と思われていたことにもメスが入れられるようになり、きわめて合理的な選択をすることが多くなったように思います。

 

例えば、野球では1番打者が出塁、2番打者がつないで、3番4番でランナーを返すというのが「常識」でしたが、近年では2番打者に最強の打者を置くことで得点の効率が上がる、といった考え方も広まっています。

あるいはバスケットボールでは、これまでポジションごとに役割がある程度明確に決まっていたものが、スリーポイントシュートの有効性が明らかになるとどの選手もポンポンスリーポイントシュートを打つようになりました。

 

このように、スポーツと科学というのは切っても切れない関係性になってきました。今回はそんなスポーツと科学の関係性について考えてみます。

 

1.メジャーリーグの「セイバーメトリクス」旋風 

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科学を用いて合理的にスポーツをして勝利を目指す、というのがどこから生まれ、どこまで広まっているのかは正確には分かりませんが、私の知る限りメジャーリーグのセイバーメトリクス旋風は非常に象徴的な出来事だったように思います。

 

セイバーメトリクスというのは1970年代に野球統計の専門家であるビル・ジェームズが提唱したものです。

従来であれば、選手の成績というのは打率、本塁打、打点、勝利数など非常にわかりやすいものが主流でした。10本ホームランを打つ選手より20本打つ選手の方が優れている、というのは極めて分かりやすいです。

 

ところがこのセイバーメトリクスでは、多角的に選手の評価をできるよう、成績を計算式を使ってとにかくいじくりまわすことをしました。

例えば…

OPS = 出塁率 + 長打率

K/BB = 奪三振 ÷ 与四球

とか。

これらはまだ電卓で簡単に計算できますが、もっと難しいものだととても素人には計算できないものもあります。

 

ただセイバーメトリクスのそもそもの発想としては「この選手がどんな特徴を持っているのか?」を理解しようとするものであり、ただやみくもにヘンテコな計算式を作っているわけではありません

 

例えばOPSは「出塁率は四球:安打:二塁打:三塁打:本塁打を1:1:1:1:1、長打率は0:1:2:3:4で評価するから、それを足したら1:2:3:4:5で評価できるんじゃないか?」(正確には分母が違うが)とか、K/BBは「奪三振が多くて与四球が少ないピッチャーは周りの守備に影響されないから、周りがどんな守備力だろうと活躍できるのでは?」とか。

 

しかしこのセイバーメトリクスを突き詰めていくと、「バントや盗塁は得点期待値を下げるだけの行為」など従来の野球観からはあまりに相反する結論が出てしまうため、メジャーリーグでも全く受け入れられませんでした。

 

これを積極的に取り入れたのが、2000年代のオークランドアスレチックスでした。

アスレチックスはリーグ最低クラスの年俸でありながら、「とにかく出塁率を重視する」「バントや盗塁は重視しない」といった独自の戦略で選手をかき集め、2001年と2002年には連続で100勝以上を上げる快挙を成し遂げます。

この辺りのお話はマネーボールという映画になっているのでぜひ見てみてください。従来の考え方を持っているスカウトとバチバチやっているシーンが印象的でした。

 

これをきっかけにセイバーメトリクスという言葉が広く知られるようになり、「きわめて合理的に勝利に近づくためのプレーをする」というのが現在のメジャーリーグにおいて主流になっています。

「ゴロを打たず、ひたすら打ち上げてホームランを狙う」というフライボール革命が流行ったのも、根底にはこの思想があることは間違いないでしょう。

 

こういった思想は野球を飛び越え、主にアメスポであるアメフトやバスケにも波及しています。

いずれサッカーでも従来のデータをかき集め、ディープラーニングを使って勝利のために行うべききわめて合理的なプレーは何か?みたいなものが提唱される時代がいずれ来るのではないかと思っています。もうどこかでやっているかもしれませんね。

 

2.スポーツ科学という学問

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ここで視点を変えて、「スポーツ科学」がどういう学問なのかを理解していきます。

スポーツ科学というのは、端的に言えば「人間の体と心の動きをどうコントロールしていくか」を研究する学問のこと。 

 

トップアスリートがどのように最大限のパフォーマンスを試合で発揮できるか、を研究する学問のイメージが強いですが、一般人にとっても「どうやったら最小限のトレーニングで体を鍛えられるか」、「どうやったら健康な体と心を作ることができるか」など日常生活を送る上でも非常に役立つ学問です。

 

さて、近年はアスリートがスポーツをする上でスポーツ科学を取り入れるのは極めて当たり前のことになってきました。

何をすれば速く走れるか?

何をすれば試合中冷静なメンタルを保っていられるか?

何をすれば監督としてチームを勝利に導けるか?などなど…。

 

そういった時代において、日本の旧来的なトレーニングというのは極めて非合理的です。「練習中に水を飲んではいけない」「ミスをしたらチーム全体で罰走をしなければいけない」などなど…。

それに対して客観的に明確な答えがあるならいいのですが、そういう場合大抵「努力と根性だうおおおおおお」みたいな感じでしか答えがありません。

 

それに対して当人が良い思い出だと思っているのならそれはそれでいいんだと思います。別に良い思い出をけなす必要もないので…。

ただ今の若い人たちは何をやるにも「理由」「目的」を欲しますから、そういう意味でもスポーツ科学を使ってなぜそのトレーニングをやるのか合理的に説明できないとこれからの時代は誰もついてこないでしょう。

 

こういったスポーツ科学が力を持つようになるこれからの時代、スポーツは合理的に取り組まなければならない、という風になっていくのでしょうか?

 

3.イチローの問題提起~「正解」はスポーツを面白くするか~

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さて、2020年4月、日本を代表する野球選手であるイチローが引退し、会見を行いました。


【全編】イチロー選手が引退会見「後悔などあろうはずがない」(2019年3月21日)

この中で私が強く印象に残っている場面があります(というかどこもかしこも印象に残っている場面だらけなのですが…)。

 

-野球を楽しむためにはどうしたらいいかという質問に対して

 「2001年にアメリカに来てから、19年の野球は全く違う野球になりました。頭を使わなくてもできる野球になりつつあるような。これがどうやって変化していくのか。次の5年、10年、しばらくはこの流れは止まらないと思いますけど。本来野球というのは、頭を使わないと出来ない競技なんですよ。でもそれが違ってきているのは、どうも気持ち悪くて。ベースボールがそうじゃなくなっているのは、危機感を持っている人がいると思うんですよね。日本の野球は頭を使う面白い野球であってほしいと思います。アメリカの野球を追随する必要はないと思うので。アメリカの野球の流れは変わらないと思うので、せめて日本の野球は大切にしなきゃいけないものを大切にしてほしいと思います。」

 

これは私が思うに、勝利に対してきわめて合理的なアメリカの野球に対する重大な問題提起だと思います。

メジャーリーグであれば、おそらく各チームにデータの解析班がいて、どうしたら結果を残せるか?と聞くと簡単に答えが出るようになっているのではないかと思います。

だから、選手はデータの解析班が考えることに身を任せ、それに向かってひたすらトレーニングを積めばいいわけです。

 

イチローはそういった風潮に警鐘を鳴らしているのではないでしょうか。

選手が考えることを放棄するのではなく、自らの頭で考え、最大限結果を出すためのトレーニング、そしてプレーをする。それこそが選手にとっても、見ている方にとっても面白い野球ができる、そう考えているように見えます。

 

セイバーメトリクスがメジャーで流行る前、日本ではヤクルトの野村監督がID野球を標榜し好成績を収めていました。

ID野球はセイバーメトリクスを使った合理的な野球ではなく、データを活用しながらもとにかく選手が自ら考え行動する、ということが主体でした。だから見ている側にとっても、次はどんなプレーをするんだろう?とワクワクさせられたのです。

実際、イチローも野村監督の策にはまって日本シリーズでは全く活躍できませんでしたからね…^^;

 

しかし、メジャーリーグで長年戦っていたイチローが日本の野球をこれだけ高く評価していたというのは私にとってかなり意外でした。

アメリカのベースボールの良さも取り入れながら、先人たちが磨き上げてきた日本野球の良さもミックスし、いつしかメジャーリーグの選手がうらやむほどのカッコいい日本野球というのを作り上げていければ最高ですね。

 

4.まとめ

近年ではスポーツ関連の科学が非常に発達してきて、どんな問いに対してもわりかし簡単に答えが出るようになってきています。

 

しかし、イチローが投げかけた問いは「それだけでいいのか?」ということでした。もちろん、合理的な正解を知り、身につけること自体は決して悪いことではありません。

それでも、それは知識として身につけ、あとは選手自らが考えるということはこれからの時代においてもきっと必要なことでしょう。

 

勝負の世界においては、時に「不正解」が「正解」になりうることもあるのですから。

 

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