皆さんスポーツ楽しんでますかー?私は毎日楽しんでます。
このブログでは野球・サッカー・バスケをはじめいろんなスポーツを取り扱っています。まだまだ道半ばですけど。
ところが、よく考えたらどうやってこれらのスポーツができたのか?という点についてはこれを読まれている方の中でも知っている人はなかなかいないのではないでしょうか?
確かにこれらのスポーツは学校の体育の時間でも当たり前のようにやるスポーツですし、テレビでも当たり前のように試合中継をしていますが、歴史を学ぶ機会というのはそうそうないものです。
私もなんとなくは知っていますが、ちゃんとストーリーとして話せるほどに知っているかというと…。
そこで今回はそれぞれのスポーツの起源を簡単にではありますが調べてみました。
なにぶん素人なので間違っていたり、あるいは他の説があったりということもあるかもしれませんが、なにとぞご容赦ください。
1.球技の起こり
wikipediaによれば、先史時代には野球ボールくらいの大きさの石が使用されていたようです。
ただ先史時代と言っても12万年前~3000年前と幅広すぎるのでいつのことだかよく分からないのですが。とりあえずそれくらいの時代から人間はボールというのを使っていたんですね。
用途は敵をしとめる武器だったり、権威の象徴だったり様々だったようです。そんな昔から人間は自己顕示欲があったのかよ。
王様が球を棒で打って占いに使っていたりしていたそうなので、もはや野球みたいなものですね。
野球やサッカー、バスケなどあらゆる球技の始まりは、12世紀のフランスで生まれた「ラ・シュール」という競技なんだそうです。知らなかった。
ラ・シュールは二チームに分かれ、足、手、棒などを使って敵陣にある二本の杭の間を通す競技だったそうなのですが、白熱しすぎて死者も出たそうです。
いやいや危なすぎるんよ。ハリーポッターのクィディッチじゃないんだから。
2.野球の起こり
ラ・シュールがイギリスへと渡ると、色々な競技に派生していきました。その一つが「ラウンダーズ」と呼ばれるものです。
これは投手が小石を詰めた靴下を投げ、それを船のオールのようなもので打ち返し4つのベースを回るというものでした。だいぶ野球に近くなってきましたね。
更にこれが発展すると街の行政を話し合う場で行われるようになり、「タウンボール」と呼ばれるようになりました。この頃にはベテラン選手が選手兼任で監督を務めるようになりました。
野球で監督がユニフォームを着ているのはこれに由来するのだそうです。確かに他のスポーツにはなかなかないですね。
そんなわけで各地でいろんな競技が作られルールもまちまちだったのですが、それをまとめ上げたのが1840年代アメリカのアレクサンダー・カートライトという人物でした。
この人はボランティア消防団を作った人なのですが、団員の運動不足解消と団結を強くするためスポーツ団を作ることにしました。
その中でタウンボールを行うことになったのですが、上記の通り街によっても競技によってもルールがまちまちでややこしいものでした。
そこでカートライトは統一ルールを作り上げました。まさしく野球の原型となるルールです。
・チーム人数は攻撃守備それぞれ9人、一方の攻撃中は相手側がフィールドに散らばり守備につく
・フィールドをひし形にし、ホームベースと3つのベースを置く
・以下の事象が起きた時にアウトとし、3アウトで攻守交替とする
1.打者が3回空振りし、かつ最後の球を捕手がキャッチしたとき
2.打球をノーバウンドかワンバウンドで捕球したとき
3.打球がキャッチされ、走者よりも先にベースに送られるかタッチされたとき
4.捕球しようとする選手を邪魔したとき
・一塁線か三塁線の外に出た打球はファウルとなる
・21点先取で勝利
この中で興味深いのは打者が3回空振りし、「かつ最後の球を捕手がキャッチしたとき」という部分でしょう。
野球を見ていると3ストライク目だけは捕手が取れないと「振り逃げ」が発生しますが、それはこのルールに起因するものだったのですね。
またプロ野球ではなかなか発生しない「守備妨害」のルールの原型がこの時点で存在したというのも面白いところです。
団員ははじめこのルールを聞いてバカにしていましたが、いざやってみたら結構面白くてハマってしまいました。なんて失礼な。
1846年6月19日にはカートライト率いるニッカーボッカーズとニューヨークナインの試合が行われたことから、この日がベースボール記念日となっています。
ちなみにこのブログを始めたのも、2020年にコロナの影響で遅れたプロ野球が開幕したのも6月19日です。すごい偶然。
もちろん、ここから細かくルールが変わっていきますが、その目的は主に時間短縮と試合のスリリング化でした。効率を求めエキサイトな試合を好むアメリカの国民性が生んだスポーツと言っていいですね。
まず21点先取じゃ長すぎるので9回の攻防制になりました。今の野球で21点先取にしたら40イニングくらい必要でしょうか。そりゃ長すぎる。
そして野球は元々打者がどう打つかに重きが置かれていたため、投手は下手投げだけ、さらにコースの指定もすることができました。
だから打ちやすいボールが来たのに見逃した場合、ただ時間を無駄に使うだけなので審判は「ストライク!(打てよ!)」のコールをしました。これがストライクの原型です。
逆に投手も打たせまいとして意地悪な球を投げるようになりました。そこであまりにひどい球を投げた場合、「ボール!(ちゃんと投げろよ!)」のコールをしました。
さらに時間短縮のため、9ボールで1塁に行けることになりました。これがどんどん減っていき、フォアボールとなりました。
…とまあこんな感じで今の野球が出来ていきました。ちなみにですが、野球のルールは今も毎年改定されているんですよ。
野球が出来てからたかだか100数十年なのでまだまだ不完全なのでしょう。
3.サッカーの起こり
サッカーの起源については諸説あるそうです。イングランドとか、イタリアとか、中国とか。
まあボールを蹴ってしまえばサッカーの起源と言えてしまうので、各国で似たようなものが同じような時期にできたというのが本当のところじゃないでしょうか。
こうした中でイングランドで行われていたフットボールは決まったルールがありませんでした。そのためありとあらゆる手段を使ってプレーが行われ、それこそ死者が出るような大変危険なスポーツだったようです。
なんなら、将軍の生首を蹴っ飛ばしたのがサッカーの起源という説すらあるほどです。恐ろしすぎる。
こういったこともありたびたび禁止令も発令されましたが、産業革命によって農民が追い出されるようになるとフットボールは農民たちの不平不満をぶつける場として使われるようになりました。
サッカーのサポーターがなんとなく怖い感じがするのはこの頃の名残なのではないかと思います。
実際、海外クラブのチャントを聞くと結構物騒な歌詞があります(イタリアのSSラツィオとか)。別にJリーグのサポーターが見習う必要はないと思いますけど。
そんな中でサッカーを近代スポーツたらしめたのはイングランドのパブリックスクールによる影響が大きいと言われています。
パブリックスクールは当時の社会の縮図となっており(今もですけど)、フットボールは上級生が下級生に暴力をふるうために使われたりとか、なかなかに野蛮なスポーツだったと言います。
これじゃいかんということで、フットボールは人格形成のためのスポーツとして発展していくことになりました。「サッカーは紳士のスポーツ」とよく言われますが、「サッカーは紳士を目指すためのスポーツ」というほうが正確なのかもしれません。
そして現在行われているサッカーの原型となったのが1846年にケンブリッジ大学で考えられた「ケンブリッジルール」です。
この時、この流れに反発してラグビー校で考えられたのがラグビーの源流となっています。この時点では手を使うか使わないかぐらいの違いしかなく、前半にサッカー、後半にラグビーをやっていたこともあるほどです。
当時のサッカーのルールは今とは全くと言っていいほど違うもので、例えば
・クロスバーはない(ラグビーっぽい?)
・ボールはキャッチできた(投げたり走ったりは不可)
・ボールがタッチの外に出た場合、その後最初に触った選手がボールを投げ入れることができた
などなど。
その一方でオフサイドだけはこの当時から厳格に決められていたようです。「待ち伏せ禁止」ということで、紳士を目指すためには必要なルールだったのではないでしょうか。
その後また各地でルールが追加されたり変更されたりを繰り返し、1877年ごろには今のルールが完成したとのことです。
このルールのフットボールは「Association Football」(協会式フットボール)と名付けられ、日本に伝来する時にはア式蹴球と呼ばれました。現在でも早稲田大学など一部の大学にはサッカー部ではなくア式蹴球部という名前が残っています。
そしてAssociationからsocが抜き出され、socをする人=soccerということでサッカーと正式に名づけられました。今では世界で最も広まっているスポーツと言われています。
ちなみに、慶應義塾大学にはソッカー部があります。早慶それぞれでサッカーの名前を使っていないのは面白い現象です。
ところで今回調べている中で、「ラグビーは紳士がやる野蛮なスポーツ、サッカーは野蛮な人が行なう紳士的なスポーツ」という言葉を見つけました。うまいこと言うなと感心すると同時に、サッカーの良くない部分はJリーグは見習わなくていいよな、とも思いました。
Jリーグはヨーロッパに比べたらまだ新しいリーグですし、あくまでも紳士的なリーグであってほしいと思います。選手もサポーターも。
4.バスケットボールの起こり
バスケットボールのはじまりはかなりはっきりしていて、1891年にカナダ人のジェームズ・ネイスミスという人物が考案しました。アメリカ人じゃないのか。
当時キリスト教青年会、通称YMCAでは冬季に屋内で行うスポーツに対する学生の意欲が低いとして、レクリエーション的かつ競技的に行うプログラムの検討が行われていました。
屋外で気持ちよく走り回るのに比べたら冬の屋内ではテンションが下がってしまうのも無理はありません。
色々考えたのですが結論は出ず、結局新しいスポーツを考案することになりました。ネイスミスはとにかく競技者の安全性を考慮し、
・タックルを防ぐためボールを持って走ってはいけない
・身体接触を防ぐためゴールは頭上に置く
といったルールを定めました。この時点ですでにほぼバスケットボールの基本ルールが完成していたことが分かります。
これを使って1891年に初めてのバスケットボールの試合が行われましたが、意外なことにプレーした18人の中に日本の実業家である石川源三郎が含まれていたんだそうです。
バスケットボールのオリジナル18とでも言いましょうか。あるいは選ばれし18人。
元々はゴールとして箱を用意する予定でしたがなかったので、カゴを使うことになりました。これが「バスケットボール」という名前の由来になっています。
なんだかサッカーなんかと比べると非常に何事もなくスタートしたスポーツですね。
バスケはYMCAを通じて全米に広まったことですぐに人気が火が付き、わずか13年後の1904年にはオリンピック競技になりました。
ちなみにトリビアですが、最初のルールでは両チームの人数が同じなら何人でプレーしてもよかったそうです。
実際コーネル大学では50人vs50人のテレビの企画みたいな試合が行われたそうで、担当教師は「体育館が破壊されかねない」と嘆いたそうです。
5.まとめ
日本においては、今では三大球技といえる野球、サッカー、バスケ(ラグビーも含めて四大?)ですが、もともとはすべて同じスポーツだったというのは驚きでした。
とはいえ、それぞれが成り立った歴史は全くと言って違うもので、歴史を学ぶことでこれらのスポーツに対する興味がより強くなりました。
今後も機会があれば歴史をいろいろ調べていきたいですね。スポーツに対する興味は衰えるどころか日に日に増すばかりです。
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